INTERVIEW:MICHAEL PHILLIPS - Omotenashiとは相手を想う心が生む体験 -
ホスピタリティはブルーボトルコーヒー創業以来、重要な理念の一つです。ゲストのみなさまのコーヒー体験がより豊かで素晴らしいものになるよう、カフェでは常にゲストの目線に立ったコミュニケーションを取り、よりおいしくコーヒーをお楽しみいただき、ゲスト一人ひとりに「一生に一度の特別な瞬間」をお届けすることを目指しています。現在アメリカ、日本、韓国、香港、中国、シンガポールでカフェを展開しているブルーボトルコーヒーでは、グローバルで「Omotenashi」がブランドの柱のひとつであり、チームのあらゆる活動を形づくっています。日本の伝統的な価値観を反映しながらも、国や文化を超えた普遍的なホスピタリティの概念や、「サービス」とは異なる、“心を込めて向き合う”姿勢の価値を表しています。
マイケル・フィリップス(Michael Phillips)は現在、グローバルのブルーボトルコーヒーでDirector of Culture & Omotenashiを務め、ブルーボトルコーヒーのカルチャーを体現し、多くのゲストにブルーボトルコーヒーの豊かなコーヒー体験をお届けすることを目指しています。マイケルはバリスタやトレーナーとして20年以上にわたりスペシャルティコーヒーの世界に携わり、過去には全米バリスタチャンピオンシップで2度優勝、2010年にはワールドバリスタチャンピオンシップでも世界一に輝いたことのあるバリスタでもあります。今回、ブルーボトルコーヒーのカルチャーとは、そしてブルーボトルコーヒーが考えるOmotenashiとは、マイケルと一緒にSenior Global Omotenashi Managerとしてブルーボトルコーヒーのホスピタリティ戦略をリードする吉川遼音(きちかわりょうと)と共にインタビューを行いました。
コーヒーに携わることになったきっかけを教えてください。
マイケル コーヒー業界に足を踏み入れたのは比較的遅めでした。学生の頃は映画関連の大学に通っていて、映画監督やディレクターになるのが夢でした。大学で勉強しながら通っていたカフェがコーヒーとの出会いでした。2001年から2002年頃、まだスペシャルティコーヒーが広まっていなかった時期に、そのカフェではシングルオリジンコーヒーを丁寧なハンドドリップで提供する当時では珍しいカフェで、そこでコーヒーについて興味を持ったことがきっかけです。
大学を卒業し、映画機材のレンタル会社で働き始めた時に、自分が読んでいる本が映画関連のものではなく、コーヒーに関する本であることに気付き、自分がやりたいことはコーヒーに関することなのでは?と思いました。そこでカメラやライトなど機材を全て売って、焙煎機やエスプレッソマシンなどを購入し、コーヒーについて学び始めました。
ある時、コーヒーコンペティションを観に行く機会があり、自分がやりたいことはこれだ!と思いました。そこでまずはある会社のプロダクションチームで働き始めました。パッキングなどの作業をしながら「コーヒーロースターになりたい」という想いを持つようになり、まずはその会社で開催されていたバリスタコンペティションに出場してみようと思い、シフトの後にトレーニングラボでミルクスチーミングなどの練習を重ねました。コンペティションでは4位となり、その先のコンペティションでも良い結果を残すことができました。そこでやっと、自分の才能はコーヒーにあるのだと思いました。
ブルーボトルコーヒーとはどのように出会ったのですか?
マイケル バリスタとして働きつつ、コンペティションにも出場し、全米バリスタチャンピオンシップやワールドバリスタチャンピオンシップで優勝することができました。その後、ロサンゼルスでHandsome Coffee Roasters(ハンサム コーヒー ロースターズ)というカフェをオープンしました。コーヒーは十分においしく淹れれば、そのままで甘さや旨みを感じられるという信念と、手仕事やクラフトマンシップを大切にし、紅茶やモカ(チョコレートを使ったエスプレッソドリンク)などは提供せず、砂糖もカフェに置かず、通常のコーヒーと全乳のみを提供していました。当時はそれが革新的でかなり注目を集めました。しかし、経営上の課題もあり、2014年にこのカフェを ブルーボトルコーヒーに売却することになりました。当初は売却後に会社を離れるつもりだったのですが、移行を手伝う中でブルーボトルコーヒーのメンバーに加わることになったのです。
何か共感する部分やきっかけがあったのですか?
マイケル そうですね。ブルーボトルコーヒーのカルチャーは自分にとってとても魅力的でした。ブルーボトルコーヒーで働き始めた当時、私はトレーニングプログラムの仕組みづくりなどに携わり、カフェ運営の方法を大きく変えるような経験を重ねました。新しいカフェの立ち上げや、各地でのバリスタ向けトレーニング、コーヒー産地への研修旅行など、とにかく目まぐるしく成長していく会社と一緒に走っていたのです。
その中で私が大きく影響を受けたのが、ブルーボトルコーヒーの創業者であるジェームス・フリーマンでした。お互いバックグラウンドは似ているのに、コーヒーに対する姿勢はまるで違う。私は競技や基準づくりといった「測ること」が好きで、一方ジェームスは競争には関心がなく、むしろ自分のリズムを大切にして常識を問い直すタイプでした。実は、ブルーボトルコーヒーに入った当初は「長く続けるつもりはないかもしれない」と思っていました。カフェのスタイルやコーヒーの考え方が、自分のやり方とは少し違っていたからです。でも、ジェームスをはじめとする仲間たちは、そんな私のアイデアやスタイルを否定するのではなく、むしろ歓迎してくれました。異なるアプローチを持ち込むことで会社に新しい風を吹き込むチャンスをくれたのです。
その「オープンさ」こそがブルーボトルコーヒーのカルチャーだと感じます。厳しい競争社会ではなく、多様でクリエイティブなバックグラウンドを持つコーヒー好きな人たちが集まり、お互いを尊重しながら一緒に前に進んでいく。だから私はここに留まり、自分らしくいられる心地よさの中で、長く働き続けているのだと思います。
Omotenashiを自身で感じたことはありますか?
マイケル 「Omotenashi」という言葉を聞いたとき、みなさんはどんなイメージを思い浮かべますか?シンプルに“ホスピタリティ=ゲストをもてなすこと”と説明されることもありますが、実際にはもっと奥深く、日本ならではの独自の文化を含んでいます。私自身、Omotenashiという言葉を知ったとき、これはとても素敵でありながら、同時に難しい言葉だと感じました。英語には完全に当てはまる単語がなく、解釈の余地が広いのです。それが魅力である一方、簡単には定義できない挑戦的な概念でもあります。
アメリカで一般的な“ホスピタリティ”が「丁寧に接客すること」であるのに対し、日本のOmotenashiはもっと全体的で、心を尽くす行為を意味します。ゲストをただ迎えるだけでなく、必要とされることを先回りして準備し、その体験を特別なものにする。清潔な空間を整え、一人ひとりの異なるニーズに寄り添い、心に触れるような時間を提供すること。それがOmotenashiだと考えています。
例えばある日、日本で訪れた小さなベーカリーでの出来事。店員さんは英語を話せず、私も日本語が得意ではありませんでしたが、濡れたコートや傘を気遣い、席に案内してくれ、注文のタイミングを察して声をかけてくれました。言葉が通じなくても、私の体験すべてに心を配ってくれた、その細やかさこそがOmotenashiなのです。また、社内での小さな配慮にもOmotenashiは表れます。この出張中では、全国各地のブルーボトルコーヒー カフェを連日訪問しているのですが、ある朝私がブルーボトルコーヒーのカフェに着くと、同僚の遼音がすでにその日に使用するコーヒーの準備を整えてくれていました。忙しいスケジュールのなかでも「仲間が最高の一杯を提供できるように」と支え合うこと。それも大切なOmotenashiのひとつです。
つまりOmotenashiは、ゲストに向けたものだけでなく、バリスタ同士の関係にも息づいています。仲間から支えられていると実感できるからこそ、ゲストに心を込めて向き合うことができるのです。そして忘れてはいけないのは、Omotenashiに明確なマニュアルやチェックリストはない、ということ。直感や思いやり、そして相手を想う心が形をつくる。その曖昧さこそがOmotenashiの美しさだと感じています。
ブルーボトルコーヒーらしさ、とは何だと思いますか?
マイケル ここ数年、私たちは改めて「自分たちらしさ」を見つめ直してきました。その礎を築いたのは創業者のジェームスです。彼は強い個性と魅力を持ち、自分にとって大切なこと、逆にそうではないことを明確に示してきました。それはデザインへのこだわりであり、スペシャルティコーヒー業界の潮流を追うのではなく、自分の信じる方向を選ぶという姿勢でもありました。例えば、過去から学びを得て未来をつくるという考え方。TOKYO KISSA BLENDのような深煎りへの探求や、スペシャルティコーヒーとしてはまだ広く普及していませんが、栽培の過程で外的要素や病気に強いのが特長でサステナブルなコーヒー品種であるロブスタ種を再評価する試み、1杯ずつの抽出にこだわる決断などもその信念から生まれています。最初のアメリカでのカフェは「路地裏で少し不思議な匂いがして、時間もかかるし値段も高い」と評されたこともありました。それでもジェームスは「そこにしかない味と体験がある」と信じ、その選択をしました。そして、多くのゲストがその思いに共感し、足を運んでくださったのです。
ブルーボトルコーヒーを形づくっているのは、誰も選ばない道を選ぶ勇気、そして自分たちの声を大切にすること。それが流行と違っていても、私たちは私たちの歩みを続けたいと考えています。
今後挑戦したいことはありますか?
マイケル 個人的な夢をひとつ挙げるなら、バリスタ同士の「エクスチェンジプログラム」を実現することです。ある都市のバリスタが別の都市や国を訪れ、そこで働き、交流する。そうした経験は驚くほどの学びとエネルギーをもたらします。実際に体験した人は何年経ってもその話を語り続けます。それは本人にとってだけでなく、受け入れる側にとっても強い刺激になります。コーヒーコンペティションやOmotenashiプログラム、産地訪問も同じように「人と人をつなぐ」ものですが、バリスタ同士の直接的な交流は特別です。私たちが築いてきた文化を次の世代につなぐためにも、そうした交流を広げていきたいと考えています。
そして、私たちOmotenashiチームがかねてより準備を進めてきた新たなコーヒークラス「テイスティング シリーズ」を日本では10月からスタートすることになりました。季節によって異なるシングルオリジンコーヒーと、限定ブレンドを含む4種類の個性豊かなコーヒーをテイスティングしていただき、それぞれのコーヒーの特徴やストーリーを学びながらコーヒーの奥深さや新たなコーヒーとの出会い、そしてお好きなコーヒーを見つけるきっかけとなるようなクラスです。このクラスでテイスティングするコーヒーは、ブルーボトルコーヒーで今後ご提供予定のコーヒーで、こちらのクラスで一足お先にお楽しみいただけます。ゲストのみなさまのコーヒーの世界を広げる時間をお楽しみいただけると嬉しいですね。
いかがでしたでしょうか?ブルーボトルコーヒーを形づくってきたのは、過去から学び、さまざまな異なる意見を持つ仲間を受け入れ支え合いながら、誰も選ばない道をあえて選ぶ勇気です。自身の経験を交えたマイケルの言葉からは、ブルーボトルコーヒーらしいカルチャーが伝わってきました。ブルーボトルコーヒーは、これからもOmotenashiの心とともに、新しい挑戦を重ねながら、みなさまに心に残るコーヒー体験をお届けしてまいります。
Blue Bottle Coffee Director of Culture & Omotenashi
マイケル・フィリップス(Michael Phillips)
複数のアメリカ有数のスペシャルティコーヒーカンパニーでトレーニング部門の監督職を務めた後、全米バリスタチャンピオンシップで2度の優勝を果たし、2010年にはワールドバリスタチャンピオンシップでも世界一に輝く。バリスタ、トレーナーとして20年以上にわたりスペシャルティコーヒーの世界に携わり、現在はブルーボトルコーヒーでグローバルのカルチャープログラムを牽引。ブランドの重要なフィロソフィーのひとつである「Omotenashi」を体現し、多くのゲストへ豊かなコーヒー体験を届けることを目指しています。
テイスティング シリーズ
開催日時・会場:
10月1日(水) 10:00〜11:00/14:00〜15:00 ブルーボトルコーヒー 清澄白河フラッグシップカフェ【満席となりました】
10月14日(火) 10:00〜11:00 ブルーボトルコーヒー 京都カフェ
10月31日(金) 11:00〜12:00 ブルーボトルコーヒー 名古屋栄カフェ 【満席となりました】
定員:各回5名さま限定
予約方法:Peatixにて予約をお願いいたします
そのほかの開催日程や対象カフェなどの詳細、予約方法などは今後、ブルーボトルコーヒー公式SNSやPeatixで発表させていただきます。みなさまのご参加をお待ちしています。
*TOKYO KISSA BLENDは10月10日(金)に一部のカフェと公式オンラインストアで発売いたします。日本の喫茶文化に敬意を込め、深煎りの魅力を新たな視点で表現したブレンドで、ほろ苦いココアやナツメグ、モラセス(糖蜜)を思わせるフレーバーが広がり、奥行きのある余韻をお楽しみいただけます。ご提供カフェでは、喫茶店で馴染みのある布フィルターを使ったネルドリップで丁寧に抽出してご提供いたします。
ご提供・コーヒー豆販売カフェ:清澄白河フラッグシップ、青山、渋谷、代官山、銀座、新宿、品川、豊洲パーク、名古屋栄、京都、梅田茶屋町、神戸、福岡天神カフェ、公式オンラインストア