BEYOND ARABICA -スペシャルティコーヒーにおける非アラビカ種の可能性

50年後、世界はどんな香りのコーヒーで目覚めているのでしょうか。地球規模で気候が変わりゆくなかで、コーヒーの姿も少しずつ変化しています。2050年頃には現在のコーヒー栽培地の半分近くが適性を失う可能性があると予測され、今後数十年でコーヒーの供給や味わいが大きく変わるかもしれません。だからこそ今、気候変動に適応できる新しい品種や持続可能な生産方法を探る取り組みを広げていく必要があるとブルーボトルコーヒーは考えています。

そこで私たちが注目しているのが、非アラビカ種のコーヒーです。ブルーボトルコーヒーで生豆の選定から焙煎方法、抽出方法、そしてコーヒーの淹れ方のレシピに至るまでの全ての開発とクオリティの管理を担当し、「Blue Bottle Studio」など多くのプロジェクトを指揮しているベンジャミン・ブリュワー(以下:ベン)が来日し、気候変動に直面するコーヒー業界の現状、そしてこれからの可能性について語りました。

Benjamin Brewer(ベンジャミン・ブリュワー)

 

BEYOND ARABICA 非アラビカ種とは?


気候変動や病害、そしてコーヒーの遺伝的多様性の低下。今、世界中のコーヒー生産地がこうした課題に直面しています。スペシャルティコーヒーの世界では、従来の枠にとらわれず、これまであまり注目されてこなかった品種にも目を向ける動きが広がりつつあります。なかでも、リベリカ種・ロブスタ種・エクセルサ種といった“非アラビカ種”のコーヒーに光をあてることは、持続可能な未来への一歩であると同時に、新しいコーヒーの楽しみ方を広げる希望の試みでもあります。

現在、コーヒー豆の種類で多く流通しているのは、アラビカ種とロブスタ種の2種類です。スペシャルティコーヒーにおいて一般的に扱われるアラビカ種は、世界中で生産されるコーヒー豆の約60~70%を占め、繊細な気候の標高の高い地域で育てられます。栽培に手間がかかりますが、その繊細さこそが複雑で奥深い風味と芳醇な香りを生みます。しかし、いわゆるコーヒー業界の2050年問題において、気候変動によって2050年までにこのアラビカ種コーヒーの栽培に適した土地が現在の半分に減少すると予測されています。

非アラビカ種とは、アラビカ種・ロブスタ種以外のコーヒー品種で、中でも私たちはリベリカ種やエクセルサ種に注目しています。リベリカ種やエクセルサ種は、世界のコーヒーの約1%の流通量とかなり少ない割合ですが、コーヒーの未来にとって大きな可能性を秘めています。リベリカ種やエクセルサ種のコーヒーは、口に含んだ瞬間に広がる豊かな甘みと、果実を思わせる芳醇な香りが魅力です。アラビカ種よりも大きな果実を実らせるのも特徴で、低木として育つアラビカ種と異なり、根の深い樹木として生育します。根を深く伸ばすため、干ばつなどの厳しい環境に耐えられたり、低い標高でも育てることができることから、高い気温でも栽培することができたりとサステナブルなコーヒーでもあります。

写真右:マレーシアのリベリカ種。非常に大きな果実が特徴です。
写真左:ベトナムのエクセルサ種の木。

 

ベン:実はコーヒーには133種もの植物があるのに、私たちが実際に知っていて飲んでいるのは、ほんの2種類なのです。リベリカ種やエクセルサ種と聞くと、新しい品種の発見なのか、と思われるかもしれませんがそうではありません。19世紀半ば、コーヒー葉さび病が世界を襲い、アラビカ種の多くが壊滅しました。その代替として、リベリカ種が注目されたのです。リベリカ種は収穫量が単位面積あたりで特に多い上に病害に強く、非常にたくましい植物です。この頃、アフリカ原産のリベリカ種がフィリピン、インドネシア、マレーシアへと広まりました。マレーシアやボルネオ島では今も栽培されているコーヒーの多くがリベリカ種です。つまり私たちは今、「新しい発見」をしているのではなく、「再発見」している段階なのです。すでに存在していたコーヒーを知り、その魅力を世界と共有したいと考えています。

実際に、私自身もこの「再発見」の旅の途中で印象的な出会いがありました。数年前、ベトナム・ホーチミンで訪れたカフェ「96B」です。当時、ブルーボトルコーヒーでロブスタ種やリベリカ種を広めるためのアイデアを模索していた中で96Bに訪れ、そのメニューにとても驚きました。アラビカ種が一切なく、すべてがベトナムで生産されたリベリカ種、エクセルサ種、カネフォラ種のコーヒーでした。これまで世界中を旅してきましたが、このようなメニュー構成には出会ったことがなかったのです。カップの中のコーヒーはどれも生き生きとしていて、刺激的で、「もっと知りたい」と強く思いました。

幸運にも、そこで出会ったのが「96B」創業者のHana Choi(ハナ・チョイ)さんでした。彼らは私の熱意を受け止め、ラボでのカッピングに招いてくれました。その体験を通じて、私はベトナムのスペシャルティコーヒーの多様性に心を打たれました。カネフォラ種やリベリカ種、エクセルサ種など、アラビカ種以外のコーヒーの豊かな世界に出会ったのです。この出会いが大きなインスピレーションとなり、ブルーボトルコーヒーとしても何かできないかと考えるきっかけになりました。

ベトナム96Bにて。写真左からハナ・チョイさん、ベン、ブルーボトルコーヒー グローバルプロダクトディベロップメント ダイレクター ケビン・サクストン

 

FUTURE OF COFFEE


「私自身、コーヒーの未来のことはまだ想像しきれません。でもそれを探求することへの情熱を持っています。」と語ったベン。コーヒーの未来に向けて、ブルーボトルコーヒーはどんなマインドセットでどのような取り組みを行っていくのでしょうか。

ベン:私たちは「スペシャルティコーヒー」という概念をもっと広げるべきだと思います。現在はアラビカ種とその亜種だけが「スペシャルティ」とみなされていますが、それはあまりに狭い定義だと私は考えています。この狭い定義のままでは、いずれ世界は同じ品質のコーヒーを生産し続けられなくなるかもしれません。例えば、ペルーでは気温上昇のため、農家はより高地へと畑を移しています。しかし、山の頂上に達すればもう上はない。この考え方には限界があるんです。

だから私は、「コーヒーの未来」というより、「コーヒーの定義を広げる未来」と言いたいです。より多様でオープンマインドで、そして包摂的な「スペシャルティコーヒー」を目指したいのです。

それを実際に体験できる場として、「Blue Bottle Studio*」を作りました。Studioでは、ブランド創業者のジェームス・フリーマンと共にコーヒーを選定した特別なコーヒーコースを提供しています。ここで味わえるのは、すべてアラビカ種以外のコーヒー。ベトナムやマレーシアのリベリカ種、インドのエクセルサ種など、個性豊かな品種が並びます。このStudioを通じて目指しているのは、スペシャルティコーヒーの“新しい道標”になること。私たちが本当に届けたいのは、コーヒーそのものがもつ「多様性」と「可能性」です。その想いのもと、世界各地の農園を訪ね、生産者と対話を重ねながら一杯一杯を選び抜きました。この場所ではコーヒーに詳しくなくても、ひと口で「何かおもしろい」と感じていただける体験が待っています。このStudioから、いつものコーヒーに対して“新しい好奇心”が芽生えていくことを願っています。

そして、私たちが今後もおいしいコーヒーをゲストのみなさまにお届けしていくために、「クライメート・ニュートラル」、つまりネットゼロを目指す取り組みを会社全体で進めています**。これは大きな転換点になると思います。「リジェネラティブ(再生的)」という言葉がありますが、それは私たちにとって単なる理念ではありません。コーヒー栽培地の土地や土壌、人々の健康にどのような影響を与えるかを真剣に考え、実際に“測定可能な結果”を出すための具体的な行動を取っていき、これからも継続的に投資していきます。

「2050年」というのは待つべき年ではなく、行動を起こすための象徴だと思っています。私たちはすでに危機の中にいるのだから、行動すべき時は“今”なのです。 私たちは今、企業として「探求の段階」にあります。この動きの中で「新しいおいしさ」や「より持続的な未来」につながる可能性を見出しています。私たちはオープンマインドでその可能性を模索し、おいしく、未来に希望を感じさせるコーヒーを見つけました。それを共有したいと思っています。

10月16日(木)に「Future of Coffee」をテーマにしたイベントをブルーボトルコーヒー 青山カフェで開催し、ハナさん、Standart Japan編集長の室本寿和さんと語り合いました。
写真左から ケビン、ベン、ハナさん、室本さん、通訳 木村さん

 

いかがでしたでしょうか。気候の変化や品種の多様性といったテーマは、少し遠い世界の出来事のように感じられるかもしれません。しかし、私たちが日々手にする一杯のコーヒーの中にも、その未来は確かにつながっています。未来のコーヒーは、生産者や企業だけでなく、コーヒーを愛する人たちの想いによって育まれていくもの。
そんな未来に、そっと思いを寄せながら、今日の一杯を味わってみてはいかがでしょうか。


Benjamin Brewer (ベンジャミン・ブリュワー)
ブルーボトルコーヒー グローバルコーヒーエクスペリエンス シニアディレクター

2009年にアメリカのブルーボトルコーヒーに入社し、グローバルのコーヒー品質管理、イノベーション、研究開発を主導し、統括するなど、ブルーボトルコーヒーの中で重要な役割を担う。現在はグローバルコーヒーエクスペリエンス シニアディレクターとして、生豆の選定から焙煎方法、抽出方法、そしてコーヒーの淹れ方のレシピに至るまでの全ての開発とクオリティの管理を担当し、長期的なイノベーションを統括している。また「Blue Bottle Studio」など多くのプロジェクトも指揮。

 


*Blue Bottle Studio - Kyoto - に関する詳細は、こちらをご覧ください。
** カーボンニュートラル達成に関する詳細は、こちらのブログをご覧ください。