カフェの内と外、バリスタとゲストの距離 そんな境界線を超えていく建築

スキーマ建築計画 代表 長坂常

Blue Bottle Coffee Japan 合同会社代表 伊藤 諒

 

「ボーダーレス」をコンセプトに、豊洲ぐるりパーク内豊洲公園にオープンした「ブルーボトルコーヒー 豊洲パークカフェ」。今回建築を手がけたスキーマ建築計画 代表 長坂常さんに、Blue Bottle Coffee Japan代表の伊藤 諒との対話を通して、これまで手がけた国内外のブルーボトルコーヒー カフェの建築や、その過程で行われた創業者のジェームス・フリーマンとのやり取り、また、自身のものづくりへの思いを深掘りしていただきました。

創業者ジェームスとのコミュニケーション

伊藤:長坂さんは、ブルーボトルコーヒーが日本上陸時からずっとお世話になっているパートナーなので、これまでを振り返りつつ、今回の豊洲のプロジェクトに関しても掘り下げてお話をお伺いできればと思います。ブルーボトルコーヒーと関わることになったきっかけと、創業者のジェームスとのやり取りの中で印象に残っているエピソードなどはありますか?

ブルーボトルコーヒー 清澄白河 フラッグシップカフェ

photo Takumi Ota

 

長坂:最初のきっかけは、日本のチームに紹介してもらって「サンフランシスコに行けるなら、遊びに行きたいな」くらいの軽いノリで、ブルーボトルコーヒーの本社があるオークランドでジェームスと会いました。そのときに、この本社と同じように焙煎所とカフェがセットになった建物を、まずは東京の清澄白河に作りたいというお話をいただきました。場所の提案があったときは、どうしてここを選んだんだろう、とピンときてなかったんです。でも計画から1年くらいの間に地域の中でブルーボトルコーヒーがくるらしいという噂が広まったのか、周りに飲食店とか雑貨屋が立ち始めたんです。多分、ブルーボトルコーヒーのひとつの効果だと思うんですけど。最初は客席も6席とかで計画していたので、街も内装も、最初の想定と変わっていったのが面白い体験でしたね。デザイン的にはオークランドの本社を真似して、できるだけ窓も大きく作りました。

 

伊藤:清澄白河の選定理由として、場所の特性も大きかったんです。オークランドってサンフランシスコの対岸にある町で、物流業が盛んなので倉庫が多いんですよね。川も流れていて、水が近い。そういった部分も、清澄白河と親和性があったんじゃないかと。長坂さんから見て、ジェームスの魅力はどんなところにあると思いますか?

ブルーボトルコーヒー 三軒茶屋カフェ

 

長坂:僕はそんなに英語が喋れないので、ちゃんとコミュニケーションを取れるわけじゃないんですけど、僕のことを最初からすごく信用してくれるというか、通常仕事を依頼されるときって、「こういう機能がほしくて、これだけの人を入れたくて、そのためにはこういう客席数がどう」とかっていう与件があると思うのですが、全然そういうことを言わないんですよね。例えば三軒茶屋カフェを作る時も、ジェームスがある現代音楽を流してくれて、こんなイメージだって伝えてくれました。僕なりに、解体後のこの荒々しい風景にいろんな要素が混じり合ったものを建築で表現したいのかなと解釈してアウトプットしたのですが、ジェームスがイメージしていたものと合っていました。コミュニケーションをそんなにたくさんしないんですけど、表現したいものがずれることなくいつも一致しているっていうのはあります。日本語で話しても通じないことってたくさんあるのに、ほとんど喋ってないのに通じ合っている部分があるんですよね。

 

伊藤:三軒茶屋カフェのときの様子、僕も覚えています。あとは京都カフェもビッグプロジェクトでしたよね。

ブルーボトルコーヒー 京都カフェ
photo Takumi Ota

長坂:もともと古民家が二棟あったんですけど、手前の方が綺麗な建物で、奥がもうくたびれた建物で、最初の内見では奥は使わなくていいと思っていました。だけど、京都の景観条例が厳しくて手前の建物は思ったように改築ができず、結果、奥の方がイメージを作りやすいとなり、奥に豊かな空間が広がる京町家の「うなぎの寝床」のように、訪れた人に奥の方にカフェを見つけてもらうような作りにしたんです。あとは、日本の建物って玄関で靴を脱いで階段を上がっていく文化ですよね。それをどうやって洋と融合させるかっていうのも結構考えたプロジェクトだったので、元々あった50センチくらいの段差をなくして、床をフラットに落とすという発想をしました。リノベーションの工程で床を落とすのは強度的なリスクがあるのですが、京都の町屋の独特の構造に助けられてうまくいきました。

 

伊藤:かなり手探りでしたよね。そもそもあの建物を飲食店として使おうっていう発想自体あまりないような。

 

長坂:そう。それを作り直して、なんとか桜に間に合わせてギリギリの完成でしたね。和洋折衷っていうのが、うまい具合にバランスよく取れたカフェなのかなって思います。

ブルーボトルコーヒー 神戸カフェ
photo Takumi Ota

 

伊藤:同じ関西でいうと神戸カフェも、印象的なプロジェクトでしたね。

 

長坂:そうですね。たまに神戸カフェに行くのですが、今はもうこの金色(真鍮)はいい感じに茶色くなっています。オープン当時、隣にイッセイミヤケなどのブランドが並んでいるビルで、かつ階段を何段か上がることもあり、ちょっと敷居が高く入りにくい印象になりかねない場所だったので、お客様を呼び込むエネルギーが必要だなと思って素材を考えました。京都カフェや三軒茶屋カフェなど、渋いイメージのカフェが多い中で、金色という提案は斬新だったかもしれないのですが、人を迎え入れながら数年越しの時間経過で目立つ色から渋く変化していくストーリーが面白いという提案をしたら、ジェームスがやってみようかって言ってくれたのを覚えています。

 

伊藤:どういう風に体験自体が設計されるのかということをジェームスは大切にしているので、そこはずれがない状態で話ができていると思いますね。今お話を聞きながら改めて思ったのは、どうしたらゲストが入ってきやすいだろうか、とか、生活の一部にすんなり違和感なく溶け込めるだろうか、みたいなところがいつも前提にあるんだなと思いました。

ブルーボトルコーヒー 品川カフェ

 

長坂:あとは、バリスタとゲストの目線を同じ高さにしたいっていうことがジェームスの前提条件としてありましたね。アイレベルを一致させるっていう条件のもとに苦労した案件って結構あって、品川カフェとかもすごく苦労してる(笑)。あとは、テイクアウトカウンターをつけたらどうかっていう提案を最初の頃から何度もしていたのですが、必ず却下されてましたね。というのも、購買ルートが2つあることによってゲストがどっちに並んだらいいのかなって迷ってしまう状態が良くないと。アイレベルの話と、ゲストを明るく迎えられる状態をすごく重要視していた気がします。三軒茶屋カフェとかも通りから結構遠いんですけど、入った時にどこに顔が見えるかということを気にしていましたね。こういう視点はジェームスが教えてくれた大事なことの一つです。

ブルーボトルコーヒー セントラルカフェ(香港)

 

そこにある文化に寄り添う建築

伊藤:ゲストとの関係性を、いかにフラットにするかというのは我々が大事にしていることですね。「迎え入れる人、来てくれる人」という関係性ではなく、限りなくフラットにその地域コミュニティに寄り添える場所になれるように。ブルーボトルコーヒーは今アメリカ、日本、韓国、香港、上海で展開しており、全地域で少なくとも1店舗は長坂さんに店舗設計していただいていて、特にアジアではオープニングはすべて長坂さんにお願いしています。まずは、香港カフェについてお話をお伺いできればと思います。

 

長坂:香港のCentral Cafe(セントラルカフェ)を作るにあたって考えたのは、香港の街を歩いていると何故かわからないんですが、靴の底がすごく汚れるなって印象があったんです。そこから、だから内装も汚れがつきやすいコンクリートではなく、タイルを使っているお店が多いんだなって腑に落ちて、じゃあタイルを使おうという発想に至ったんですけど、その際に日本の伝統的な外壁工法である湿式工法(水を使う施工方法を用いること)を取り入れました。僕は、タイルで模様などをデザインするタイプじゃないので、コンクリートにも見えなくもないテクスチャーになるようなタイルを作りたくて、多治見でオリジナルのタイルを製作しました。

 

伊藤:オープンする街によって大きく環境は変わりますが、ブルーボトルコーヒーとの仕事は、無理難題が多かったですか?

 

長坂:そうですね(笑)。時間がタイトなことが多く、同じシリーズで展開するものを作った方がいいんじゃないかと提案することもあったんですが、そのたびに、我々のコンセプトはその地域ごとにメニューまで変えて色を出していくことだから、それはできないんだって返ってきたので、毎回新しく考えています。

 

伊藤:やっぱりキーワードは「ローカル」なので、すでにそこにあるものと対話をしながら、ベストな形を探るものづくりをしていますね。

 

長坂:おかげでいろんなマテリアルを使えるようになったなと、感謝しています(笑)。

ブルーボトルコーヒー 三清カフェ(韓国)

 

伊藤:韓国のカフェはどうでしょうか?

 

長坂:韓国の三清カフェは、すごくいい場所に位置しているんですね。目の前に美術館が見えて、かつ「ハノ」っていう韓国を代表する民家も周りにあって、そして3階に上がると韓国を象徴するような山の風景が見えるんです。3つの風景をそれぞれ違う角度で捉えることができる三層の建物にしました。あとは日本と韓国の地震事情が全然違うので、地震が多い日本では叶わない、柱を取ったり、床を抜いたりする建築方法を採用できて、日本で抑圧されていたものが解放されましたね。

 

伊藤:世界各国、文化も違うなかで多くのブルーボトルコーヒー カフェを建築してきた長坂さんですが、共通して大事にしているというところはありますか? 

 

長坂:さっきのアイレベルの話と、ゲストと最初にどうコンタクトを取れるかっていうところを大事にしています。豊洲パークカフェもそうですが、キッチンも丸見えにしているカフェは日本では少ない気がしています。キッチンがオープンであるか、そうじゃないかという違いだけで、ウェルカムな印象がまったく変わる気がします。

あとは、物づくりの話でいうと、日本は高度な技術やこだわりを内にしまい込んでしまいがちなのに対して、アメリカやヨーロッパはその素晴らしいものをより一般化していこうという印象がありますね。内に閉ざして誰も真似できない状況を作るというより、みんなが同じようにできる状況を作って、ビジネスを広げようとするのかなって。そうすると、日本が持っている技術やこだわりをアメリカに持っていくと、突然一気に広がる感じがして、いつももったいないなと思います。日本人として、自分たちでうまく世界に広げられないのかなって。伊藤さんはどうお考えですか?

 

伊藤:そうですね。みんなできるように一般化するっていうのが、ビジネス的にはスケールを取りに行くってことですが、それは確かにアメリカやヨーロッパが得意としているところですよね。僕が感じるブルーボトルの魅力のひとつとして、一般化はするけれども、守るべきものは守って、常さんが感じたように、もったいないなって思われないような広げ方をしているというのがありますね。内に閉じていることが原因で、知られていない素晴らしいインスピレーションをみんなに知ってほしいという気持ちがあるので、スケールを取りに行くチャレンジはしています。

 

長坂:時間をかけてこだわって提供している商品ももちろんあるけど、早く飲みたい人には、インスタントで上質なものをきちんと提供する、みたいにケースバイケースで分けて、求められていることを的確に判断するということがきちんと守られていますよね。全国のブルーボトルカフェに、それを文化として守っている人がいるというのが強いところだと思います。

ブルーボトルコーヒー 豊洲パークカフェ

photo Takumi Ota

 

ブランドの基盤をアップデートしていく

伊藤:いろんな方々の多大なご協力をいただいた今回の豊洲パークカフェですが、やはり僕はここに初めて来たときに、こんなに海に対して抜けている公園、東京にあったのかってびっくりしたんですよね。ここでコーヒーを飲んだらどんな気持ちになるだろう、どんな時間になるだろうってことを出店のときに一番に考えるんですけど、ここで綺麗な夕暮れを見ながらおいしいコーヒーが飲めたら最高だなって。改装ではなく一から建物を作るということがブルーボトルコーヒー初の試みで、都内に数ある公園の中でも、とくにこの豊洲公園はスケールも大きいので、ある意味白いキャンバスでなんでも描けますっていう状態だったと思うのですが、どんな思いで設計されましたか?

ブルーボトルコーヒー 豊洲パークカフェ

photo Takumi Ota

 

長坂:最初にこの公園に来たとき、リラックスして楽しそうに過ごしている人がたくさんいて、その人たちにネガティブな印象を持ってほしくないなというのが一番にありました。一方で、やっぱりここで集客を得ないとお店をやっていけないことを考えると、ある程度の規模の建物が必要になる。とはいえあまり目立ちすぎない建物を考えていたので、キオスクでもいいじゃないですかって何回か提案はしたことはあります。でもそれじゃ無理だと言われたこともあって。僕としては、中に囲い込むというより、公園に来るゲストがここのコーヒーを買ってくれて、外で飲んでもらうっていうことがイメージの根底にあったんですね。なので、公園全体の人々がブルーボトルコーヒーの潜在的なゲストであり、かつ、このカフェがこの公園の一部であるっていう関係をちゃんと築きたいなって思って。この公園のスケール感の中に存在できるような建築を考えたときに、1棟をまとめてドンと作るのではなくて、外、半屋外、屋内みたいな感じでグラデーショナルに公園全体と建物をつないでいきたいなと考えました。店内で飲まれる方も、店外で飲まれる方も、みんな公園の中で一緒に飲んでいると感じられる状況を作りたかったんです。

 

伊藤:そうですね。そのくらい公園全体がシームレスに繋がっていて、どなたも使いやすいカフェになったのではないかなと思います。カフェを利用するにあたって、自分の行動を変えることなくそのまま使えるのが公園の利用者にとっては一番いいんじゃないかと考えた結果、持ち帰り専用のレジを導入しました。ワンちゃん連れのゲストがかなり多くいらっしゃることを考慮すると、自販機で飲み物を買って飲むくらいのテンションで、お子さんやワンちゃんとおいしいコーヒーを飲める場所になれば理想だなと。さっきのジェームスの話であった、購買ルートが2つあることでゲストが混乱するという懸念は、我々のチームのホスピタリティでカバーしようということになりました。内装のレンガや、インテリアとして使われている赤色も結構新鮮なチョイスかなと思うのですが、そのあたりはどういった経緯だったんでしょうか?

ブルーボトルコーヒー 豊洲パークカフェ

photo Takumi Ota

 

長坂:僕は、基本的にはできるだけ色を減らしていくスタイルなんですが、さっきお話しした内外の関係を作るときに、建物そのものだけじゃなくて、床自体も内外を繋げていく要素として大事だと思いました。このレンガを最初に見たときにその上に全く違う要素のものが立ち上がると、ちょっと情報量が多いように感じて、なるべくレンガに近い色のインテリアを使用しました。

 

伊藤:これまでもアイレベルやホスピタリティなど、ジェームスのこだわりを建築に落とし込んでいく過程について話していただきましたが、長坂さんにとってブルーボトルコーヒーと仕事をすることの魅力や面白いと感じる点ってどういったところにありますか?

 

長坂:ブルーボトルコーヒーというブランドが、どういうキャラクターなのかが完全に定まっていない頃からお付き合いさせていただいていたので、キャラクターを形にするお手伝いをできたと思っています。そして、そのキャラクターの基盤を作ったことが後々の自分にとってもすごく大事で。もちろんその基盤は、場所や条件ごとに形を変えていくのですが、やっぱり最初の基盤を生み出すところがすごく大変なんですよ。それを大事にしながらアップデートしていくので。うまく説明できないんですけど、喜びとか嬉しさといった感覚よりも、それが自分の「仕事」だなという捉え方で。そのうえで、一度築いたものを大事にしながらちょっとずつアップデートしていくことは、ものづくりとして気持ちがいいことだと感じています。

 

伊藤:今お話を伺いながら、ブルーボトルコーヒーはコーヒー屋だけど、僕らが提供しているものって、カップの中の液体だったりとか、お皿の上のフードじゃなくて、体験だと信じているので、その体験を表現する場としてカフェはまず最たるものだと改めて実感しました。そのうえで、各国のオープニングカフェを長坂さんにお願いしようとなるのも、ジェームスとの歴史や、一緒に築いてきた共通認識があるからなのだなと思いました。今日は、貴重な機会をありがとうございました。

 

Text: 田尻侑里 RCKT/Rocket Company*

 

ブルーボトルコーヒー 豊洲パークカフェ

東京都江東区豊洲2-3-6豊洲公園内 

営業時間:8:00〜19:00

店舗面積:294.81㎡

席数:64席(店内:24席 / 半屋外:40席 )

アクセス:東京メトロ有楽町線「豊洲駅」7番出口から徒歩3分

ゆりかもめ「豊洲駅」1B出口から徒歩2分